間寛平 世界一周マラソン 記録ブログ
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計画書作り
昨日今日と家でずっと計画書を作る。計画書であって計画書でないところが少々納得がいかないが、現時点ではしかたがないと思う。昨日も寛平さんから電話があり、「早よいこな!」・・・・本当にもつのだろうか?自分がもし世界一周ヨットでいくなら、それなりの決心で行けると思うが、寛平さんの世界一周は、この前思いついただけ。しかしミラクルな体力と、運と、得体の知れない「何か」を持った人だけに、予想はまったくつきません。一日地球儀と世界地図とにらめっこしている中、ながこの持っていた「教科書」を見ると、地球のサイズや世界地図の解説、それなりの気候や風土など、学ぶことがたくさんあり、わかりやすさにビックリ!。「道」や「鉄道」がしっかり記載されており、これは便利と早速三省堂に注文する。コース選定のために主要な地図をスキャンして、コンピューターに取り込む。ざっと地球儀で図ると、直線でランが18500キロ、セーリングが14100キロ、ランは直線に近いので、走る距離はさらに1.3倍はあると思う。とにかく大西洋を横断してからのコースが北よりから、南よりまで含め、まったく未知な状態。とにかく今日思いついたのは、NHKの専門スタッフにヒヤリングをしよう!と思ったのと、気象予報会社で、多くのヨットマンがお世話なっている、馬場さんにヒヤリングに行こうと思う。体裁だけは計画書になってきたので、寛平さんと会社に正式にお願いすることが、もうにげられない・・・!ためにも必要か・・・も・・・・。
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by runandsailing | 2006-05-28 22:33
計画書作り
大阪出張。会社であいた時間を使って計画書に加筆。ルールの項目やスポンサーの考え方などのページを追加する。今実家でも作業をする。もちろんまだ親には内緒。本日より「世界最長の徒歩旅行」ジョージミシガン著を読み始める。奥さんがなんと日本人。フェゴ等から北極圏まで走破する本で、かかった年数がなんと7年。これでは長すぎる。今日徒歩世界一周の本からマイル数を抜き出すと19303マイル約30000キロ、一日50キロ走って617日、太平洋が60日、大西洋30日合計で700日。やはり3年はかかるだろう。こうしてみるとヨットは早い!やはり行程のほとんどがランニングである。しかしアメリカ西海岸から東海岸への回航。ヨーロッパからオーストラリアタスマン海から北上し日本まで回航・・。これは長い。たぶん200日?それにしてもスケールがすごすぎてなんだか変な感じがぬぐいきれない。とにかくコースを決め、綿密なルートを割り出し、計画書におとしこまなければ。。。
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by runandsailing | 2006-05-18 23:30
世界地図
今日アメリカ人で世界一周徒歩であるいた経路を世界地図(常時持つハンディーマップ)にルートと距離を書き入れる。今後バイクや徒歩等々、参考文献を読んだ後書き入れるようにします。情報収集のための基本知識のためのトレーニングです。前回読んだバイクで世界一周も書き入れます。おおもとの地図が見えなくなるぐらい、このプランが練れないと成功はないと思います。じっくりプランを考えます。
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by runandsailing | 2006-05-18 00:40
坂本さん
今日坂本さんから電話がある。もし真剣にやるのだったら、○んさんルートもあるし、スポンサーのことも含め打ち合わせをしよう!とのこと。寛平さんが早速電話したようだ。以前に軽く行ったときは笑っていたのに、寛平さんの気迫に押されたのであろう。ブレストするにも大まかな計画書を上げ、予算を早く組まないと!
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by runandsailing | 2006-05-15 22:40
下北
寛平さんとの打ち合わせをまたまた下北沢でおこなう。スペイン料理を食べながら、作りかけの計画書と世界地図をさかなに飲む。ヨットのことが不安らしく、台風のとこいかんといてな!の連続。そもそもヨットがおそらく一番安全だということ、つまり飲料から食料から安全備品やライフラフとの話をし、そんなものすべてが揃っているヨットはいわば完璧な移動手段であること。それにくらべ陸を走るということは、高額な撮影機材やインマルサットなどの通信設備をもち「我々は高価なものをもってますよ!」といいながら治安の悪い地区を走るほうが余程危険である・・・とゆっくりと説明を繰り返す。これはヨットの不安を取り除くブラフではなく、実は本当にこれが一番頭が痛い。アメリカ大陸は何とかなりそうだが、スペインから中国が本当に危険な箇所が多すぎるのも事実。今後計画を立てていくにはこの安全確保が一番の課題になってくるだろう。寛平さん自身はもう完全戦闘モード全開で、早く行きたくて仕方がない様子。ひっきゃんで始まりひっきゃんで終わることを痛く喜んでくれる。時間もたっぷりあったので、ブログで書いてある内容をすべて寛平さんに話をした。最終的な自分の夢、最近の人生訓、このプロジェクトには3通りしかないこと、スタートすら切れない、スタートするがリタイヤ、完走この3つも実はもうすでに決定していて、それが実はもう決められていることなので、どちらにせよそれを受け入れましょう!力まずやりましょう!まで、すべて話した。後ヨットを使うことによって最悪足や体の故障がおきて、走り続けることができなくなってもどこかの海にさえたどり着いてもらえれば、後はヨットで日本まで戻れるので、世界一周は成し遂げれるとういうこと・・・・。そんなことすべてをゆっくりゆっくり説明する。ゆっくり話をしているといつの間にか飲みすぎてしまう。寛平さんは資金のことも自分である程度出す決心もあるという。まあできるだけ負担がかからないよう全体のフレームを考えよう。何より計画と予算を早く詰め、納得できるプランができれば、寛平さんと二人で大崎さんと社長に挨拶に行きましょうと約束する。夢なのか夢のように大変な計画がゆっくりと動き出す。あたかも飛行機にのってちょこっと海外に遊びに行く気軽さで・・・。おそらくスケールが大きすぎていわゆるボケているのだろう!まあ二人ともこれぐらい気楽で成功しららええやろな・・・・ぐらいのほうがと、自分なりに言い聞かせながら、現実逃避しているのが本音かも・・・・。嶋田君のお父さんがなくなったらしく71歳とのこと。しかし本当に自分は親孝行をまったくしていない自分にあきれるほど親孝行していない・・・。今日は西宮に泊るが、大阪出張で西宮に泊るぐらいしか本当に何もしていない・・・。まあ元気でいてくれるからこそ、なのだが・・・。やはり健康が一番です。それが誰にも迷惑をかけない一番の方法です。今後は飲みすぎに注意しましょう。
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by runandsailing | 2006-05-12 15:58
まさゆめ?
昨日、指定管理者制度でエントリーしている大阪北港マリーナが吉本で入札でとったとの連絡をもらう。昨日の夢でいかすけなやつが「一年後このハーバーをかえてみせます!」と意気揚々としゃべってる、いけすかないやつがいて、自分たちの提案が落ちた夢を見た。そんなことをしゃべりながら大谷選手へ電話したとろこ、「とりました!」との返事。夢の話をしたら、「その人物は比企さんのことでしょ!」(笑)冗談でもし北港がとれたら、世界一周のベースキャンプにいいだろうな・・・と言っていたことが、なんとなく実現しそうな変なデジャブのような感覚を味わう。ハワイのすばらしい海洋文化復興のナイノアトンプソンが船はその役割が決まれば自然と船は生まれてくるもで、それは神が決めること・・・のようなことを読んだが、このプロジェクトが進むのも頓挫すのも、ある意味決められたことなのだろう!と最近の人生観から改めて思う。人はそれぞれの役割をもって生まれてきているのだろう。もしこのプロジェクトが成功し多くの人に自然のすばらしさとチャレンジすることの力・感動を感じてもらうことができるとすれば、それはそうしなさい!とう何か見えない力がそうさせるのだろう!無理はせず、自然体でがんばろう!
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by runandsailing | 2006-05-11 13:20
ブログはじめます。
20060510
4月7日寛平さんから突然の電話がかかってくる。「ひっきゃん!俺60歳なったら、全部仕事やめて世界一周走ろう思ってんねん!」「最初にひっきゃんがマラソンの企画やってくれたやん!」「だからまたやってほしいねん!」との電話。
十数年前寛平さんのマネージャーをやっているとき、よく冗談で全部仕事なくなったらシルクロードでも走りましょうよ・・・とか、寛平さんの仕事が全然入ってこなくなったら、その時こそ僕がマネージャーやりますよ!とその頃話をしていたことを思い出した。当時の寛平さんは東京進出が成功し、本当に忙しい中、僕の人事異動で担当を外れることになった時、ある意味ホットしたとこと、そして少しの不安とが入り混じっていたことを思い出す。
そんな寛平さんからの突然の電話でそんなことを思い出しながら、「なんやかんやあれからも寛平さんはマイペースで仕事をこなしているもんな・・・がんばってはるもんな・・・・」などと考えながら「こんなありがたいお誘いはきっちり受けよう!」と思いながら電話切った。まあ寛平さんのちょっとした「虫」が騒ぎ出しだけかも?・・・と軽く考え・・しかしそれはそれで面白そうやな・・・と考えたりもしながら・・・・。
そもそも僕は太平洋をヨットで横断することが夢として思い描いたまま早20年が経った。夢はあきらめず、ゆっくりではあるが自分のヨット「エオラス」をいつかの出発に備えた整備を現在も行っている。「人は何のために生まれてきたか?」それは「感動するために・・・・」を人生訓に、仕事と遊びをクリエイトするのが僕の生き方。そして太平洋横断の先には、クストー船長のドキュメンタリーで海に興味がわいた自分、そんな「感動するために・・・」という自分だけの夢で終わらせず、それを「人に伝えていくこと」も、新たな目的、人生訓となっている。
寛平さんから突然の電話の後、「そうか!寛平さんが世界一周か・・・・いつの間にか僕の夢が寛平さんの夢に変ってしまったな・・・」」とボーっと考えながら、「どうせならヨットも使って世界一周したらいいのにな・・・」などと、いい加減に考えながら、とりあえず本をいろいろ読んでみよう!ということで、会社の谷川くんに頼み、アマゾンドットコムで関係する本を注文してもらった・・・。届いた本は日本を一周の本ばかりで・・大笑い、「いやいや世界を走るので世界の・・・」ということでさらに再注文し、まずはバイクで世界を駆け抜けた荒木利行さんのオフロード一人旅を読む。「う~んやっぱり飛行機を使っている・・・」。つづいて世界一周を歩いたスティーブンニューマン著世界一周徒歩旅行を読む、折角自分の力で大陸を横断しているのに飛行機の描写が気にいらない・・。自分がヨットで世界一周をしたい夢とかぶってしまうのか、どうも飛行機を使うことへの偏見が・・・。そんなこんなで次の寛平さんとの打ち合わせでヨットを使いましょうよとさりげなく進めようと決心をする。
4月7日下北沢。ふたりで夕食をとりながら第一回の打ち合わせ。紙袋に10数冊の本を持参しての初会談です。まずはジャブ「寛平さん!今、まだ本を読み出したばかりですが、一年間なんかでは、世界一周は無理ですよ!」「余程の理念と想いがなかったら続くような甘い世界ではないですよ!」とジャブ!しかしいつもの寛平さんの口調で・・・「そないかかるか・・・しやーないな・・・」抜けた返事。そこですかさず「寛平さんヨットも使いません!」と作戦にでる・・が「俺、海こわいもん!」「ひっきゃんの海の話で自分も死にそうになった言うてたやん!」「あかん!あかん!海は・・・」けんもほろろであった。これ以上説得しても無理なので今日はあきらめる。しかし二人で話しているうちに先週の電話のときより俄然やる気が自分にも沸いてきている自分がおかしかった・・・。軽い気持ちで軽く流して聞いていた自分を・・・。
4月14日第二回目の打ち合わせ。今回は元マネの山下くんも参加しての打ち合わせ。エーベックスの方もたまたまた打ち合わせがあり後で合流。前回の打ち合わせの後、本を読んだり考えたりしているうちに、僕の中ではヨットも利用し、寛平さんの自分の足の力と自然の力風の力で大陸と海を突き抜ける・・・それが一番の冒険だ!という思いが益々強くなっていた。またまた下北のイタリア料理屋さん。飲んだり食ったりしながら世界一周の計画のブレスト。山下君は仕事をリタイヤしてバックパッカーで放浪の旅にでていた人間だけに、この計画には「いいですね・・・」「楽しそうですね・・・」と興味津々。チャンスを見て例の飛行機否定論にゆっくり入っていく。「寛平さん!やっぱりがんばってがんばって大陸を横断したのに、いきなりファーストクラスの乗って、トゥービヤー!じゃ、夢ないですよ!やっぱりなんか!いけてないですよ!」「やっぱり海は自分の力で越えましょうよ!」「本当は手漕ぎボートがいいんですが・・」とヨットより過酷な例をだしながら説得「まあそれはちょっと危険すぎるので僕のヨットで渡りましょうよ」「そしてまた陸に着いたら走るんですよ!」「これが真の冒険ですよ!」最初は嫌がっていた寛平さんもそのうちその気になってきて「ひっきゃんのいうとりやるわ!」「俺もヨット覚えるわ!」と説得成功となる。しかしあの寛平さんと何十日もヨットの上での生活・・・そして絶対に寛平さんを次の大陸へ安全に運ぶとう使命・・・。それはそれでもっと大変になったなぁ・・・と、実現するかどうかもまだ全然きまっていないのに、またまたあいまいな、デジャブのような変な感覚・・・・。さらにゆっくりとやる気が沸いてくる自分にまた笑う。
こんな流れが今までの流れ、今後はブログで思ったことを記録する意味と、世界の情報収集、ルートやプロジェクトの方向を決めていく上で、世界の人々からの生きた情報は必須のアイテムと考え、正式な発表や会社への説明(大崎さんや一部の人間には軽く冗談で話はしましたが・・・)もないまま企画書の作成とブログの立ち上げを始める。ファンダンゴの丸子にお願いしブログを始めます。
このブログは現時点では公式的なものでもなく、あくまでも記録として、比企自身の思いで書いているものであり、書いていることはおそらくどんどん変ってもいくし、このプロジェクト自身が失敗に終わることも十分に考えられる。しかしそもそも感動を人に伝えることが新しい人生訓としている僕にとってはぜったに成し遂げたい夢である。今一生懸命カメラを覚えているのも、人に伝えるための手段を身に着けるためのトレーニングであり、映像も覚えていこうと決心をしている。英会話も必要かナ・・・このプロジェクトで総監督を勤めるということは、その先にある「人に感動を伝える」という「本当の自分の夢の実現」のためのキャリアアップも、大きな目標である。こんなことはまだ寛平さんにも話をしていないが、これが本音です。寛平さんとスパルタスロンにサポートとして参加し、初めての完走したゴールで流した涙。涙は心の汗だ!というぐらい涙を止める必要、意味、がない自然な涙、涙は汗のようにながれる・・・・ことを始めて体験させてもらった。もうこんな涙を流せることはないだろう!とずっと思っていた。自分のためではなく、人のために精一杯やったからこそでた、自然な涙だと思った。しかしまたそのチャンスがやってきた。おそらく自分のためだけの世界一周で流す涙より、寛平さんと一緒に流す涙の方がもっと感動が大きいと確信している。寛平さんにとってはヨットという初体験の冒険が加わったことは、僕の趣味に起因してることが絶対的なので、そこはお許し願いたい。寛平さんが世界を一周回ることを、僕は精一杯文章を書いたり、写真を撮ったり、インターネットで配信したり、ハイビジョンで撮影したりしていきます。そして世界で一番すばらしいドキュメンタリーを作り上げます。そしてついでに僕の夢である世界一周もやらせてもらいます。(太平洋大西洋日本海以外は菜やの大将と僕とで回航します。もちろん陸上のサポートにも駆けつけますが)そしてこのプロジェクトを成功させたら、海洋ドキュメンタリー船を自分の力で走らせようと思っています。海のすばらしさ自然のすばらしさを・・・・けどそんな気力のこっているかな・・・・。まあがんばりましょう!
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by runandsailing | 2006-05-10 00:56